高校新人戦 雑感

お久しぶり・・・にも程がありますね。約4ヶ月ぶりですから。

いわゆる「二学期」になってから多忙に拍車がかかり、夏明けからの心身不調がたたって、完全に身体を壊してしまいまして、多忙が解消されないことも加わって修練に出られない状態でした。
なにせ熱中症→気管支炎(と言うより喘息状態)→両足アキレス腱炎のトリプルパンチでしたから。

やっと9割方回復して、これから修練できそうです・・・
と言っても、もう年末ですが。

とはいえ、武専と県連の役務絡みで依頼された某市の市民大会には行ってますけど。
身体を騙し騙しですが。


で、ここから本題。
先日、県の高校新人戦に審判と写真記録のお手伝いで出張ってました。
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新人戦は1・2年生が対象ってことで、特に高校から始めた高校生は緑帯で初めての大会。
ホント毎回思いますが、約半年で演武ができるまで修練を重ねてきた・・・ってのは脱帽ものです。
で、来年の今頃になると、有段者になっての出場。
そうなると、自分が高校生の時以上に演武できてるんですよね。
それだけ今の高校生ってのは「化け」ちゃうんです。


そのことを踏まえて、ちょっと気になったことを。
確かにレベルが上がって、僅差での勝負ってのはあるんですが、
今回の僅差、高レベルの僅差ではないのが現実。
上位の生徒さんはそれなりの評価なんですが、大半はだんご状態。

なぜか。

正直、基礎基本の修練がもっと必要かな・・・と言うのが感想です。
確かに、演武としては形にはなっている。
でも、構えが死んでいる、柔法が途中で止まる、間合いが近すぎる、
確かに早い突き蹴りに見えても、手先足先だけの早さ・・・  ちょっと目立ってました。

だから、表現度では評価ができても、構成ごとの技術度は基礎点から上げることが難しい。
県連からの派遣審判の先生方も、同じようなことを漏らしていました。

正直今の高校生の演武ってのは、大学生の影響もあってか、
高度な技をいくつも構成に入れている。
それはそれで良いのかも知れないが、その技で演武をやりきる練習だけで限界で、
肝心の基本的な突き、蹴り、攻撃の仕方や運歩・・・ そこまで突き詰められないんじゃないかと。

ちょうど料理で例えるなら、今の演武ってのはフルコースや満漢全席みたいなもの。
品数を全て出すだけで手一杯で、肝心の味付けが大雑把な状態で
お客に出しているんじゃないだろうか。そんな感じ。
はっきり言って、余裕が全くないんです。
じゃなくて、定食屋の定食、ランチで良いと思います。
品数は少なくても、味付けをしっかりしてお客に出す。
で、余裕があれば一品料理を追加していく。
そんな感じで演武を捉えれば、良い演武になり、ひいては自己の技術も向上する。
一介の審判としては、そう感じます。
これからの伸びしろが大きい高校生だけに。

じゃぁお前ができるのか・・・って突っ込まれたら、反論はできませんが。


ともかく、半年後、1年後にはどう化けてくるか、良い意味で楽しみです。


# by shorin-kid | 2017-11-26 18:12 | 大会

大会の意義

少林寺拳法に入門して初めて、少年少女武道錬成大会 少林寺拳法の部に
スタッフとして参加してきました。

主催は日本武道館。武道振興の一環として、
子ども達が夏休みの期間に開催されている大会です。

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以前の道院は、全国大会に繋がる県大会以外は参加させないという方針で、
少年部が50人近くいたとしても出場せず。
移籍先は小学生、中学生が現在居ないため、出場なし。
スタッフとして、今年は県連の役員待遇ということで初めて声がかかった次第。

自分の業務は、拳士の招集~コートへの移動、コート内の競技進行。
最後が団体演武ということで進行を遅らせてしまいましたが、
出場した子ども達が精一杯演武でき、また負傷者もなしということで、
まずは最低限の責務は果たせたか・・・と思います。
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少年少女武道錬成大会、大会の性格があり、
全員に「記録証」ということで表彰状が出ますし、
一定の点数を超えれば、超えた全員にメダルが授与されます。
すなわち、“競う”ことではなく、参加することを重視している大会です。

今の競技化の流れからすると、全く逆行する大会。
でもこれはこれで、大会のあり方としては良いのではないかと思います。

競技中心の大会、全面的に否定するものではありません。
やはり“競う”ってことも上達の過程には必要な要素ですし、
高校生~大学生の拳法部の拳士にとっては、競技で入賞ってのは
少林寺拳法を周囲に認知させるにはどうしても必要な部分ではある。

だが、競技だけってのはやはりそれはそれで弊害もある。
とくに、下手でも地道に修練に取り組んでいる、
真面目に修練はしているけど、演武の評価には繋がらなかったり、
組演武の相手がいつも見つからず、出場の機会さえもない、
そういう拳士にとっては、評価される場ってのはなくなってしまう。

特に小学生、中学生ってのは、自分が評価されることが動機付けにも繋がる。
でもその機会がない拳士にとっては、意欲を持続させることは
今の子ども達、親の意識から考えると難しい。
「少林寺拳法は人格完成の道、大会はその一過程、続けることが大事」
お題目を唱えたところで、それを額面通り理解できる方は少ない。

そして、入賞できるわずかな拳士だけが残り、
そこに引っかからない拳士は意欲を失い辞めていく。
以前の道院でさんざ見てきました。

それって、少林寺拳法の目指している姿ではない。


やはり、子ども達にとって「評価される」ってのは大事なこと。
“競う場”で評価するのも大切だが、
少年少女武道錬成大会のように、自分のできることを評価して貰う場ってのも
大事なことではないかと思います。

今年参加してみて、子ども達が笑顔で演武している姿で、
自分も楽しみながらスタッフの役目が果たせましたし、
やはりね、演武し終わり、表彰式での自信を持った表情、
それが見られただけでも、今回スタッフとして関われて良かったと思っています。

「競うこと」「楽しむこと」
大会の意義ってものは、両者があっていいと、自分は思います。






# by shorin-kid | 2017-08-13 11:47 | 大会

少林寺拳法修行記録。


by Shorin-kid